日本は外国企業から見て「魅力がない」市場なのか?(写真:まちゃー/PIXTA)
なぜ日本は、北朝鮮のすぐ下位である、196カ国中196位という順位につける結果となってしまったのだろうか――。2019年のGDPに占める対内直接投資(FDI)の割合を示すデータのことだ。東京都の長年にわたる努力は功を奏さなかったわけである。
FDIは、外国企業による日本での新規事業立ち上げや、合弁事業の設立、既存日本企業の実質的、あるいは完全買収の際に発生する。FDI残高とは、何十年にもわたって累積されたFDIの総額だ。政府は今年6月に、2030年までにFDI残高を現在の比率の約3倍である12%まで増大させるという目標を採択した。しかし、過去の方策が失敗した理由を理解せずに、どうやって政府は正しい戦略を選択できるというのだろうか。
小泉時代から「成長戦略の一環」とされてきたが
FDIの増加は、小泉純一郎氏が首相だった時代から日本の成長戦略の一部とされてきた。これは、非常に理にかなっている。対内直接投資を増やさずして経済改革に成功した主要国はほとんどないからだ。成功談は、アジアの開発途上国から東欧の体制移行国にまで及ぶ。
また、この戦略は成熟経済にも効果を発揮する。日本人が北米に”移植”工場を設置した時の、デトロイトにおける自動車メーカーの発展を考えてほしい。デトロイトは、たとえ工場の組み立てラインの中断が必要となっても、欠陥を後から直すよりも、最初から防ぐほうが、コストがかからないことを学んだのだ。
外国企業が流入する際に経済に与える主な恩恵は、こうした企業がもつ高い効率性だけではない。それよりも、外国企業の新しいアイデアや戦略が、こうした企業にかかわるサプライヤーや顧客の業績を、また、日本の”移植”工場の事例では競合他社の業績までをも向上させる波及効果にあると言える。裕福な19カ国(累積FDI残高が1980年のGDP比6%から2019年のGDP比44%に増加した国)の調査では、FDIのレベルが高いほど、主に労働者一人当たりの生産量が向上し、経済成長が高まることを証明している。
小泉氏が2001年首相に就任した当時、FDI残高は典型的な富裕国ではGDPの28%であるのに対して、日本ではGDPのわずか1.2%だった。小泉氏は2003年に外国直接投資の倍増を約束し、2006年には、2011年までにGDPの5%という目標を設定した。ところが日本は、いまだこの目標を達成していない。
顕著な進展はあった。2008年、FDIは4.0%に増加した。だが、その勢いは停滞。FDIを倍増するという、安倍晋三前首相の2013年の約束にもかかわらず、2019年時点、FDIの対GDP比はわずか4.4%にとどまっている。一方、他の富裕国の中央値は44%に上昇している。
さらに悪いことに、日本政府はIMF、OECD および UNCTAD(国連貿易開発会議)が使用する「directional principle」とは異なる「asset/liability principle」と呼ばれる計上原則を用いることでいかに成功していなかったかを隠している。
2013年から2020年、OECDによるとFDIのストックは6兆円しか増えていないが、財務省は3倍の20兆円の増加と報告。これにより日本政府は、安倍氏が設定したFDIの倍増を達成し、2020年に約40兆円となったと喧伝することができた。グローバルスタンダードとなる数値の計上では、それにはほど遠い24兆円だった。
財務省の使用する数値は一定の正当な会計目的があるが、例えば、海外関連会社から日本の親会社への貸付金など、実質的な直接投資と関係のない項目も含んでいる。
したがって、OECDの広報担当者が東洋経済の取材に対し、「(グローバルスタンダードである)directional principalのほうがFDIの経済的影響の分析に適している。国と産業ごとの直接投資の統計の推奨的な提示法だ」と言ったのもうなずける。問題を解決する第一歩が、問題があることを認識することならば、日本政府は困難に直面している。
他国ではFDIは跳ね上がっている
FDIに対して抵抗から歓迎へと転換した他国では、FDIは急上昇している。では、なぜ日本の努力は報われていないのか。たとえば韓国では、外国直接投資のGDP比は、1998〜99年のアジア通貨危機以前の2%から、現在、14%へと跳ね上がった。インドでは、1990年はわずか0.5%だったが、現在14%へと上昇し。東欧では共産主義崩壊後、7%からなんと55%へと大幅にアップした。
内閣府の対日直接投資推進会議は、6月の声明に、日本の最大の問題は外国企業に魅力をアピールできていないことかもしれないと記した。したがって、ほぼすべての提言が「魅力的なビジネス環境」の構築を目的としている。しかし、この前提は正確ではない。
多数の調査によると、外国や多国籍企業は投資先のトップとして日本を挙げている。日本には大規模で豊かな市場、教育水準が非常に高い労働力と顧客基盤、高水準の技術、優れたインフラ、安定した政治経済システムがある。実際、アメリカの経営コンサルティング会社A.T. カーニーが世界の上級管理者を対象に実施した2020年の「海外直接投資信頼度指数調査」では、日本は富裕国27カ国中4位に入った。
経済学者である星岳雄氏と清田耕造氏の計算によると、日本が類似した特性を持つ他国と同様の経済活動を行えば、GDPにおけるFDIの比率はすでに39%という驚異的な数値に達していたようだ。
日本ではM&Aのハードルが高い
それでは、日本のこの悲惨な結果の原因はどこにあるのか? 主な要因は、固定した労働力、顧客基盤、ブランド名、サプライヤーなどを獲得するために健全な企業を買収するという、FDIの第一段階の実行が非常に困難である点だ。
典型的な富裕国では、FDIの80%が企業の買収・合併(インバウンドM&A)に割かれているが、日本ではわずか14%に過ぎない。これは主にインバウンドM&Aの規模が非常に小さいため、FDIの総額も非常に低くなっているのである。
報道では、外国企業が日産、シャープ、東芝などの経営が破綻した大企業を救済する驚くべきケースが取り上げられる。しかし、そうしたケースは例外的だ。外国人投資家のほとんどが、日本での成長が見込めるだけでなく、親会社のグローバル展開を推し進めるリソースを提供できるような優良企業を買収したいと考えている。大規模な人員削減を要する中小企業への投資は避ける。
残念ながら、最も魅力的なターゲットとなる企業は、「系列企業」という構造を持ったグループ企業に属しているため、ほとんどが手の届かない状況である。日本には2万6000社の親会社と5万6000社の関連会社があり、日本の全労働者の3分の1にあたる1800万人の従業員を雇用している。
これには、系列企業ではない下請け企業や密接な関係にあるメーカー内の魅力的な企業は含まれない。例えば、トヨタグループには1000社の関連会社に加えて、4万社のサプライヤーがあり、その大半が下請け企業である。1996年から2000年の間に外国企業が買収できたグループ企業内のメンバー企業はわずか57社であったのに対し、無関係の企業は約3000社であった。
買収についてのこうした壁は、戦後の数十年間、日本が外国企業からの支配をおそれていたことに由来する。1960年代、日本がOECDに加盟するために外資規制の正式な自由化を迫られた時、政府は「自由化対策」と称して、非公式に国内のM&Aを阻害する要素を設けることに尽力した。
その内容は、巨大企業とその企業の投資家との間の株式の持ち合いの復活、縦横の企業間における系列の強化など多岐にわたっている。形式的な障壁はほとんどなくなったが、こうした時代の遺産は今でもインバウンドM&Aを抑制している。
大幅な雇用減より外国企業による買収の方が危険?
さらに、多くの政策担当者に時代遅れの考え方がまだ残っている。例えば、対日直接投資推進会議が今年6月に発表した戦略文書では、インバウンドM&Aに関する記述が一切削除されている。その1年前に発表された中間報告書では、日本の中小企業の問題となっている後継者不足に対してインバウンドM&Aは大きな助けになると認知されていた。
この報告書では、2025年には60万社の黒字中小企業が、経営者が70歳を超えても後継者不足のため廃業せざるを得なくなる可能性があると指摘しており、これにより最大600万の雇用が失われる可能性がある。
雇用と技術資源の莫大な損失を食い止める努力の一環として報告書は、これらの中小企業が適切な海外のパートナーを見つけるのを支援し、かつ「第三者間の事業移転(M&A、合併と買収)を促進する」ための「何らかのメカニズム」が望まれるとしていた。これは大きな前進となるはずだった。
しかし、今年6月に内閣府が発表した最終文書では、海外からのM&Aの話はすべて消されていた。明らかに、誰かが大幅な雇用減よりもM&Aの話の方が危険だと考えたのだ。
政府当局者たちは、より多くの海外からのM&Aを望んでいるが、外国による買収に対する国民の警戒感も尊重しなければならないと主張することがある。しかし現実には、政府は国民感情の大きな変化に追いつきそこねているのだ。
2000年代半ばに実施された調査では、回答者の47%が、外国企業は日本経済にプラスの影響を与えていると答えており、マイナスの影響を与えていると答えたのはわずか8%だった。
かつてよく言われていた、外国の企業や投資家は日本企業を安く買って売ることで手っ取り早く稼ごうとする「ハゲタカ」だという見方をしていたのはわずか4%にすぎない。外国の企業で働きたいと答えたのは回答者の20%、働きたくないと答えたのも20%で、残りは意見を示さなかった。
後継者問題に悩む企業は断るか?
政策立案者たちが今とは反対の立場を取って、海外からのM&Aを奨励することにしたとしたら、買収をまずどこから実現しようとするだろうか。後継者問題に悩む中小企業への支援は、いいデモンストレーション効果が期待できる。調査によると、中小企業は、同じ業界や同じ都道府県内の別の中小企業が外国企業の買収を受けて成功している例が見られれば、売却により積極的になるという。
日本にはすでに日本M&Aセンターのように、後継者不足による危機に直面している健全な中小企業のためのM&Aを手がける多くの企業が存在している。こうした企業により、M&Aという概念は高齢の企業オーナーたちにもより受け入れやすいものになっている。しかし、これまでのところ海外の買い手が関わっているケースはほとんど見られない。
JETROの「ジャパンインベスト」プログラムは、外国企業が日本において、まったく新しい事業を始めることを積極的に勧めている。しかし、外国企業が日本企業を買収することは、例え生き残りのためにM&Aが必要な中小企業ですら、積極的な取り組みはない。これは、上述の2020年の報告書に従って、JETROの任務に含まれるべきである。
中小企業の70歳の経営者は、自分が引退した時に従業員が失業するのを心配している。政府が買い手を紹介し、その買い手の意図が従業員の解雇ではなく会社の成長を支援することを保証するとしたら、外国企業への売却を頑固に拒絶する人はどれだけいるだろうか。このプロセスが一度始まれば、後継者問題のない企業にも、雪だるま式で効果が出るだろう。
政府が日本の成長に本気であるならば、外国FDIを真剣に考える時である。他の先進国のように日本でも外国M&Aが一般的になることが必要である。さもなければ、2030年が来ても、日本は196位である可能性がある。
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